インシデントレポートは、書き方を教わらないまま「今日中に出して」と言われることが多い書類です。手が止まるのは、たいてい発生状況の欄と対策の欄でしょう。

この記事は、病棟やクリニックでレポートを書く看護師と事務職員に向けて、何をどの順で書くかと、誤薬・転倒・点滴などの場面ごとの例文をまとめたものです。例文の患者さん、薬剤、数値はすべて架空の見本で、実在の病院の事例ではありません。

先に結論:4つのかたまりを、この順で埋める

レポートの書式は施設ごとに違いますが、求められている中身はだいたい同じです。次の4つを、この順で埋めれば形になります。

順番かたまり書くことよくあるつまずき
1発生状況いつ、どこで、誰が、何をして、何が起きたか。時刻・薬剤名・量・患者さんの言葉反省や推測が混ざる
2患者への影響度起きた結果。処置や検査を行ったか、その後の経過「大事に至らず」で済ませてしまう
3考えられる要因そうなった状況。人・物・手順・情報の伝達「自分の確認不足」で止まる
4対策誰が、何を、いつまでに変えるか「以後注意する」で終わる

順番に意味があります。1は事実だけ、3は解釈、という線を引いておくと、書いているうちに事実と反省が混ざりません。読む側(医療安全管理者や委員会)も、この線があるほうが分析に使えます。

exbk.jp のインシデントレポートのアプリは、この並びのまま入力欄を作ってあります。発生日時、場所、種類、患者への影響度、発生状況、発生時に行ったこと、考えられる要因、対策という欄が上から順に並んでいて、書いたものはそのまま印刷できます。無料で、ログインしなくても使えます(ログイン前のデータはブラウザの中だけに保存され、サーバーには送られません)。書式がまだ紙しかない部署でも、下書きの置き場として使えます。

インシデントレポートのアプリの入力画面。発生日時・場所・種類・影響度・発生状況の欄が並ぶ。表示されているのは架空の病棟の見本データ
インシデントレポートのアプリの入力画面。発生日時・場所・種類・影響度・発生状況の欄が並ぶ。表示されているのは架空の病棟の見本データ

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報告は、書いた人を責めるための書類ではない

書き始める前に、この前提だけ共有させてください。

厚生労働省の「医療安全管理者の業務指針および養成のための研修プログラム作成指針」は、安全文化の醸成についての項目で、情報の収集と提供にふれたうえで「その情報の活用にあたっては、個人の責任を追求するものとならないように配慮する」と書いています。同じ指針の研修プログラムの側にも、「医療事故やヒヤリ・ハットの報告者を非難しない組織文化の醸成」という項目があります。

制度の側から見ても、報告書は個人の評価材料ではありません。医療法施行規則の第一条の十一は、病院等の管理者が確保すべき体制として「医療機関内における事故報告等の医療に係る安全の確保を目的とした改善のための方策を講ずること」を挙げています。報告は、改善のための方策を作る材料という位置づけです。

とはいえ、提出する側の気持ちは別です。書けば怒られるのではないかと思えば、筆は重くなります。だからこそ、書き方の型を持っておくと楽になります。反省文を書こうとするから止まるのであって、見たことを順に書くだけなら10分で終わります。

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発生状況の書き方

見たこと・聞いたこと・したことだけを、時系列で

この欄に書くのは3種類だけです。自分が見たこと、患者さんや同僚から聞いたこと、自分がしたこと。感想と推測は入れません。

入れるべき具体は、だいたい決まっています。

  • 時刻(「朝」ではなく「6:10」)
  • 場所(病室、トイレ、処置室、廊下など)
  • 薬剤名・規格・量・ルート(薬に関わる場合)
  • 患者さんの言葉(「」に入れてそのまま)
  • 発見の経緯(誰が、何をしていて気づいたか)

書き直しの例

書き直し前書き直し後直したところ
誤薬してしまいました。すみません。9:05、A病棟301号室で朝の与薬。同姓の患者2名のうち、隣床の患者に処方された降圧薬1錠を配薬した。内服後、ワゴンの残薬を見て気づいた。謝罪をやめ、時刻・場所・何をどう間違えたか・気づいた経緯を書いた
患者が転倒していた。6:10、トイレ前で床に座り込んでいる患者を発見した。本人は「一人で行けると思った」と話した。ナースコールは押されていなかった。発見の状況、本人の言葉、コールの有無を書いた
点滴が漏れていたので差し替えました。14:20、ラウンド時に右前腕の刺入部に腫脹を確認。滴下は継続していた。点滴を止め、抜針して冷罨法を行った。見た所見と、自分が行った処置を順に書いた
焦っていて確認が不十分でした。14:20、ナースコール3件の対応中に指示を受け、指示簿の患者名を見ずに実施した。自己評価を、その時の状況の事実に置き換えた

4つめが、いちばん多い書き換えです。「焦っていた」は要因の欄に置く言葉で、発生状況の欄に書くと、何が起きたのかが読み取れません。

場面別に、抜けやすい項目

種類特に抜けやすい項目
誤薬・与薬薬剤名と規格、量、指示との違い(別の患者/別の薬/量/時間)、内服の有無
転倒・転落発見時の体勢、頭部を打ったかどうか、ベッドの高さや柵の状態、履物、直前の行動
点滴・ルート刺入部の所見、残量、滴下の状態、抜けたか漏れたか、再挿入の有無
チューブ類の自己抜去発見時刻、固定の状態、抜去された長さ、その後の処置
検査・処置指示内容と実施内容の違い、患者確認の方法、中止したか実施したか
情報の伝達誰から誰へ、口頭か記録か、どの時点で伝わらなかったか

種類ごとに抜けやすい項目が違うので、書式の側で種類を選べるようにしておくと、後から集計したときにも効きます。

患者への影響度の書き方

影響度の欄は、起きた結果で選びます。多くの病院が使っている区分では、影響がなかった段階から、処置や検査が必要になった段階、障害が残った段階へと分かれていきます。アプリの影響度の欄も、国立大学附属病院医療安全管理協議会の分類にならった区分で並べてあります。院内で別の区分を使っているなら、院内の区分が優先です。

区分ごとの中身と、迷いやすい境目の考え方はインシデントの影響度レベルの記事にまとめました。ここでは書き方の話に絞ります。

影響度の欄と別に、経過を書く欄があるなら、そこには次の3つを書きます。

  1. その場で何を確認したか(バイタル、意識、痛み、出血の有無など)
  2. 誰に報告し、どんな指示を受けたか
  3. その後どうしたか(観察の継続、検査、家族への説明の予定)

医学的な判断そのものは、報告書を書く人の仕事ではありません。医師の指示を受けたこと、その指示どおりに行ったことを事実として残せば十分です。

見本:その場で声をかけ、痛みの有無を確認。当直医に報告し、指示のもとで観察を続けた。家族へは日勤帯に主治医から説明の予定。

要因の書き方:人ではなく、状況を書く

要因の欄で「確認不足」と書いてしまうと、そこで分析が終わります。書きたいのは、確認が抜けてしまった状況のほうです。

現場のレポートでよく挙がる要因を、分けて考えると書きやすくなります。

分類見本
確認の手順同姓の患者が同室におり、フルネームの確認をしていなかった
思い込み前日と同じ指示だと思い、指示簿を見ずに実施した
情報の伝達口頭の指示を受け、記録に残さないまま次の業務に移った
手順・決まりごと中止の指示をどこに書くかが決まっておらず、掲示とカルテで内容が違っていた
業務の忙しさ同時刻にナースコールが3件重なり、2人で対応していた
環境・設備トイレの照明が消えており、床が見えにくかった
機器・物品見た目のよく似た規格違いのアンプルを、同じ引き出しに並べていた
患者側の要因介助を頼まずに一人で動こうとする行動が、前日にもあった

アプリでは、この分類をチェックボックスで選べるようにしてあります。選んだ分類は月ごとに集計できるので、「今月は情報の伝達が5件」といった見方ができます。件数が見えると、次に手を入れる場所を委員会で決めやすくなります。

要因をもう一段掘りたいときは、のように「なぜ」を繰り返す方法があります。やり方と、人を責める方向に行かないための注意点はなぜなぜ分析のやり方にまとめました。

対策の書き方:「注意する」を仕組みに変える

ここがいちばん差の出る欄です。「以後注意する」と書かれた対策は、読んだ人にとって何も変わらないのと同じです。

対策は、次の3つがそろって初めて実行できます。

  • 誰が(部署、役割。個人名でなくてよい)
  • 何を(変える物、変える手順、変える表示)
  • いつまでに(次の病棟会議まで、今週中、など)

そして、行動の徹底より、物や手順の側を変えるほうが長続きします。

弱い対策強い対策
フルネーム確認を徹底する同姓の患者が同室になったとき、ベッドネームの色を変える運用を病棟会議で決める
与薬時に注意する規格違いのアンプルを別の引き出しに分け、引き出しに規格を大きく表示する
夜間の見守りを強化する夜間のトイレ誘導が必要な患者の一覧を、ナースステーションの当日の予定表に載せる
口頭指示の復唱を心がける口頭指示を受けたら、その場で指示受けメモに書いて医師に見せる手順を、手順書の順番に組み込む

右側は手間がかかるように見えますが、決めてしまえば次の人にも効きます。左側は、書いた人が異動した時点で消えます。

対策を決めたあと、実施の状況を確かめて必要なら見直すところまでが、医療法施行規則の求める体制の中身です(同規則第一条の十一には、改善のための方策について「実施の状況の調査及び必要に応じた当該方策の見直し」という定めがあります)。レポートの対策欄に書きっぱなしにせず、次の委員会で結果を確かめる係まで決めておくと、この流れに乗ります。

提出する前の6つの問い

書き終えたら、この6つだけ見直してください。

  1. 時刻と場所は入っているか
  2. 薬剤名・量・回数などの数値は、数字で書いたか
  3. 発生状況の欄に、反省や推測が混ざっていないか
  4. 患者さんの言葉は「」でそのまま残したか
  5. 誰に報告し、どんな指示を受けたかを書いたか
  6. 対策は、誰が何をいつまでに変えるかになっているか

3番だけでも守ると、読む側の分析がかなり楽になります。

患者情報とAIの扱い

下書きを生成AIに手伝わせたいという相談をよく受けます。注意点はひとつだけ、患者さんが特定できる情報を院外のサービスに入れないことです。

個人情報保護委員会は、生成AIに個人情報を含む入力をする場合、その取り扱いが利用目的の範囲内かを確かめるよう注意を促しています。氏名はもちろん、病室番号と病名と日付がそろえば、その人だとわかってしまう場面もあります。まずは院内の情報システムの決まりを確認してください。

アプリの患者欄にも「院内の決まりに沿って、イニシャルや部屋番号で」と添えてあります。見本データもすべて架空の病院・架空の患者です。

見本データでAIに下書きを作らせてみた

この記事を書くのに使った生成AI(Claude)に、架空の見本メモを渡して下書きを作らせました。渡したのは次のメモです。

9/18 朝6時すぎ トイレ前で患者が座り込んでるの発見 一人で行けると思ったって 痛みなし 当直に報告 様子観察の指示

返ってきた下書きが、これです。

発生状況:6:10、トイレ前で床に座り込んでいる患者を発見した。本人は「一人で行けると思った」と話した。痛みの訴えはなかった。
行ったこと:その場で声をかけ、痛みの有無を確認した。当直医に報告し、経過観察の指示を受けた。

メモの言葉を書式の文体に整え、時刻を欄に落とす。この程度の作業は代わりにやってくれます。一方で、影響度の判断、何を要因と見るか、どの対策を院内で通すかは、下書きには出てきませんでした。ここは書いた人と委員会の仕事として残ります。

なお上のメモにあった「6時すぎ」を「6:10」と書けるのは、元のメモを書いた人が時刻を知っているからです。AIに正確な時刻を作らせてはいけません。

書式を自分たちで作れると、書く時間が短くなる

このアプリは という道具で作りました。日本語で「こういう欄を並べて、月ごとに集計して、印刷できるようにして」と指示すると、動く画面ができます。

病棟の書式は、施設ごとに違います。種類の選択肢も、要因のチェック項目も、集計したい切り口も、自分の部署のものがいちばん合います。の改修を待たずに、報告書やチェック表のような書類の側を職員が自分で形にできると、書く時間そのものが短くなります。

exbk.jp では、病棟やクリニックの書類業務をアプリにする方法を看護師や事務職員が身につける医療・看護向けの Claude Code 研修を行っています。Zoomでつないで、その場で作りながら進める形です。患者情報を扱う際の利用ルールを決めるところから始めます。

ほかの書類の書き方は、看護サマリーの書き方、SOAPでの看護記録の書き方にまとめました。医療機器の不具合報告書の書き方や、医療安全研修の組み立て方もあります。看護の現場でAIをどう使うかの全体像は看護の現場でのAI活用をどうぞ。

まとめ

  • 発生状況、影響度、要因、対策の4つを、この順で埋める。発生状況には見たこと・聞いたこと・したことだけを書く
  • 「焦っていた」「確認不足」は要因の欄の言葉。発生状況の欄では、その時の状況の事実に置き換える
  • 対策は「注意する」で終わらせず、誰が何をいつまでに変えるかを書く。行動の徹底より、物と手順を変えるほうが残る
  • 患者さんが特定できる情報は、院外のサービスに入れない。院内の決まりを先に確認する
  • 報告は改善の材料であって、書いた人を評価する書類ではない

書式づくりから月ごとの集計までを自分の部署の形にしたい方は、医療・看護向けの Claude Code 研修と、無料で使えるインシデントレポートのアプリをのぞいてみてください。